「神経を取る」その前に。歯の寿命を劇的に延ばす「歯髄保存治療」

■ 導入:その「痛み」は、歯が生きている証です むし歯が進行して痛みが出ると、多くの歯科医院では「神経を取りましょう(抜髄)」という診断が下されます。痛みを取り除くためには、神経を取るのが最も手っ取り早い解決策だからです。 しかし、私たちはその判断を急ぎません。なぜなら、歯の神経(歯髄)を失うことは、その歯の「寿命」を劇的に縮めることと同義だからです。 当院では、「安易に神経を取らない」ことを医療理念の根幹に据え、最新の医学的知見と高度なテクノロジーを駆使した「歯髄保存治療(バイタルパルプセラピー)」に全力を注いでいます。
1. なぜ、私たちは「神経」を残すことに固執するのか
① 歯に栄養を届ける唯一の「ライフライン」 「歯髄(しずい)」と呼ばれる歯の神経は、単に痛みを感じるだけのセンサーではありません。歯の内部に網目のように張り巡らされた血管を通じて、歯質の維持に必要な酸素や栄養分を絶えず供給し、内側から歯を潤すという極めて重要な役割(代謝機能)を担っています。 また、細菌が侵入してきた際に免疫細胞を送り込み、防御反応を示すのも歯髄の役割です。つまり、歯髄は歯を健康に保つための「心臓部」であり、ライフラインなのです。
② 神経を失った歯は「枯れ木」と同じです 神経を抜いてしまった歯は、栄養の供給源を断たれるため、時間とともに水分や弾力性を失っていきます。これは、みずみずしい「生木」が、乾燥した「枯れ木」になってしまうのと同じ現象です。 枯れ木が少しの衝撃でポキリと折れてしまうように、神経を失った歯(失活歯)は非常に脆くなり、硬いものを噛んだ拍子に「歯根破折」を起こすリスクが格段に高まります。歯が割れてしまえば、多くの場合は抜歯せざるを得ません。 さらに、神経がないと痛みを感じないため、再びむし歯になっても気づくことができず、発見された時には手遅れになっているケースも少なくありません。変色によって歯が黒ずんでしまうことも、審美的な大きなデメリットです。
2. 科学的根拠に基づいた、当院の「歯髄保存」アプローチ
これまでは保存不可能とされていた症例でも、適切な環境と材料、そして技術があれば、神経を残せる可能性が広がっています。当院では、以下の3つの要素を徹底することで、歯髄保存の成功率を高めています。
【アプローチ①】 マイクロスコープによる「超精密」診断と処置 歯の神経が入っている管は非常に複雑で、肉眼では捉えきれないミクロの世界です。 当院では、歯科用顕微鏡「マイクロスコープ」を使用し、患部を最大約20倍に拡大して治療を行います。 強い光で照らし出し、拡大視することで、「どこまでが汚染されたむし歯で、どこからが健康な神経か」を明確に見極めることが可能になります。肉眼やルーペでは判別できないレベルで感染源だけをピンポイントに除去し、健康な神経を傷つけずに一層でも多く保存するための、必須のテクノロジーです。
【アプローチ②】 組織の再生を促す「MTAセメント」の活用 神経を保護する薬剤として、従来の材料に代わり、生体親和性に優れた「MTAセメント(Mineral Trioxide Aggregate)」を導入しています。 MTAセメントは、以下の優れた特性を持っています。
- 強アルカリ性による殺菌効果: 細菌を死滅させ、再感染を防ぎます。
- 高い封鎖性: 治療中に水分があっても硬化し、微細な隙間も作らずに細菌の侵入経路を遮断します。
- 硬組織形成の誘導: 神経を守るための新しい歯質(デンティンブリッジ)を作る働きを促進します。 この「再生を促す材料」を使用することで、露出してしまった神経でも、生活力を維持したまま治癒へと導くことが可能になりました。
【アプローチ③】 外科手術レベルの清潔環境「ラバーダム防湿」の徹底 歯髄保存治療の最大の敵は「細菌」です。治療中に唾液が患部に触れることは、絶対に避けなければなりません。唾液中には無数の細菌が含まれており、それが神経に入り込むと治療は失敗に終わります。 当院では、治療対象の歯に「ラバーダム」というゴムのシートを掛け、お口の中の湿気や細菌から完全に隔離した状態で治療を行います。 これは、医科の外科手術における「清潔域の確保」と同じ概念です。手間とコストはかかりますが、無菌的な環境を作り出すこの工程なくして、精密な歯髄保存治療は成立しないと私たちは考えています。
■ 結びに:一生ご自身の歯で噛み続けるために 一度失った神経は、二度と元には戻りません。 「歯を残す」ということは、単に歯を抜かないことだけでなく、「歯の神経(生命力)を守る」ことから始まると当院は考えます。 他院で「神経を取るしかない」と言われた場合でも、諦めずに一度ご相談ください。私たちは、あなたの歯の未来を守るために、持てる技術のすべてを尽くします。